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大分地方裁判所 昭和62年(ワ)141号 判決

原告

薬師寺豊

薬師寺サチ子

右二名訴訟代理人弁護士

三井嘉雄

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松多昭三

右訴訟代理人弁護士

緒方研一

田中登

右訴訟復代理人弁護士

加藤文郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告薬師寺豊に対し金一九三一万〇二五〇円、同薬師寺サチ子に対し金二三七万六五〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月二五日から各支払済みまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告薬師寺豊(以下「原告豊」という。)は、被告との間で、昭和五九年一一月一二日、被保険者を原告豊とし、保険期間を同五九年一一月一二日から同六四年一一月一二日までとする積立ファミリー交通傷害保険及び普通傷害保険(通称パーソナルベストプラン保険)契約を締結した(以下「第一契約」という。)。

2  原告豊は、被告との間で、昭和六〇年一〇月二四日、被保険者を原告薬師寺サチ子(以下「原告サチ子」という。)とし、保険期間を同六〇年一〇月三〇日から同六五年一〇月三〇日までとする積立ファミリー交通傷害保険及び家族傷害保険(通称ファミリーベストプラン保険)契約を締結した(以下「第二契約」という。)。右契約によれば、原告サチ子の保険事故発生時における配偶者も被保険者となるものと定められている。そして、後記保険事故発生時において、原告豊は同サチ子の配偶者であった。

3  保険事故の発生

(一) 原告豊は、昭和六〇年一二月一六日、大分県臼杵市祇園南一四組所在の自宅(当時)の車庫内において、温室の棚作りの大工仕事をし、電気ノコを使用していたところ、訴外青木佳代運転の軽四貨物自動車が同車庫内に進入しようとして、材木に接触し、それが原告豊の左背部を突いたため、はずみで電気ノコの使用を誤り、右第一指開放骨折、右第二指切断の傷害を負った。

(二) 原告豊は右傷害の治療に、入院日数一三日間(昭和六〇年一二月一六日から同月二八日まで)、通院六日間(昭和六〇年一二月二九日から同六一年三月三一日まで)を要した。

(三) また、原告豊には、第一指IP関節の拘縮と指尖の知覚鈍麻による機能障害及び第二指を第二関節から失う後遺障害が残った。

4  右傷害は、積立ファミリー交通傷害保険約款所定の「運行中の交通乗用具に搭乗していない被保険者が、運行中の交通乗用具との衝突・接触等の交通事故によって被った傷害」に該当し、かつ、普通傷害保険約款及び家族傷害保険約款所定の「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に該当するから、被告には約款に従った保険金(後遺障害保険金、入通院保険金)の支払い義務があるというべきであり、第一契約については、原告豊に合計金一九三一万〇二五〇円の、第二契約については、原告サチ子に合計金二三七万六五〇〇円の保険金請求権が生じた。

5  よって、原告らは被告に対し、右各保険金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年三月二五日から各支払済みまでそれぞれ商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4の事実は否認する。

三  被告の反論及び抗弁

1  故意に基づく傷害

原告豊の右第一指開放骨折、右第二指切断の傷害は、同人が訴外青木佳代と共謀の上、保険金騙取を目的として故意により作出したものである。

原告らの供述・主張する事故態様は、原告豊方自宅車庫内において、原告豊が材木切断の作業中、訴外青木佳代が軽四貨物自動車を右車庫内に入れようとして材木に衝突し、折から、左手に電気ノコを持ち、右手に角材を持って立ち上がろうとした原告豊の左肩に右材木がぶつかり、はずみで右電気ノコで、右第二指切断等の傷害を負ったというのである。

しかし、次の事情からすれば、右の事故態様では前記傷害は起こり得ず、原告豊の故意により生じたものと解すべきである。すなわち、

(一) 訴外青木佳代が衝突したとされる材木は長さが2.5メートルで右車庫の中央におかれていたというのであるが、車庫入り口の高さと右軽四貨物自動車の車高等に鑑みると、右貨物自動車が右材木に衝突するほど右車庫内部に入り込むことは物理的にあり得ない。

(二) 右材木は、右貨物自動車の進行方向に向かって置かれていたというのであるが、原告豊が立っていた位置からすれば、貨物自動車が材木に衝突したとしても、これが原告の左肩にぶつかることはあり得ない。

(三) 原告豊が指を切断したとされる電気ノコは、新ダイワ工業株式会社製の新ダイワB6型電気マルノコであるが、右電気マルノコには、刃の部分に安全カバーが装着されており、木材を切断していないときには刃が露出する部分はほとんど存在せず、はずみで手指が安全カバーのないわずかなすきまに入り込むということはあり得ず、故意に押し込まない限り切断は不可能である。

(四) 原告豊の傷害は、右第一指の外側の不完全切断と右第二指の切断であるが、右のような傷害は、原告らの主張するような突発的な事故態様では生じ得ない。

(五) その他、電気ノコの使い方に慣れておらずしかも右利きの原告豊が左手で電気ノコを操作していたということも不自然であるし、事故に至るまでの経緯(軽四貨物自動車を移動させた理由等)及びその後の行動(一一九番への通報等)についての原告豊及び訴外青木佳代の供述も不自然である。

2  したがって、原告豊の傷害は、「運行中の交通乗用具に搭乗していない被保険者が、運行中の交通乗用具との衝突・接触等の交通事故によって被った傷害」に該当しないし、かつ、「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」にも該当しない。

3  抗弁

保険金を支払わない場合として、積立ファミリー交通傷害保険約款第一一条一項一号には「被保険者の故意」が、普通傷害保険約款第三条一項一号には「保険契約者または被保険者の故意」が、家族傷害保険約款第六条一項一号には「被保険者の故意」がそれぞれ規定されており、前記のとおり、原告豊の傷害は同人の故意によるものであるから、本件請求は右免責事由に該当する。

四  右被告の主張に対する反論

1  原告らの主張する事故態様によって、原告豊の切断事故が生じることは物理的に可能であり、事故前後の原告豊及び訴外青木佳代の説明は自然である。

また、第一契約及び第二契約の加入及び存続には不自然なところはなく、原告は、事故前は腕の良い板前であったところ、本件事故により板前としての機能を喪失してしまったのであり、本件傷害を故意によって惹起したとすれば余りに重大な損失を自ら招いたことになるが、このようなことをすることはあり得ない。

2  被告の主張3の免責事由の定めがあることは、明らかに争わない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、原告豊は、昭和六〇年一二月一六日、その所有していた電気マルノコ(以下「本件電気マルノコ」という。)によって右第一指開放骨折(不完全切断)、右第二指切断の各傷害(以下「本件傷害」という。)を負って、同日午後八時頃、丸井整形外科医院を訪れ、同病院において右第一指の骨接合術及び右第二指の断端形成術を受け、同日から同年一二月二八日まで同病院に入院し、同月二九日から昭和六一年三月三一日まで同病院に通院したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三第一契約及び第二契約には、保険契約者または被保険者の故意によって生じた傷害に対しては保険金は支払われない旨の定めがあることは原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところ、被告は、本件傷害は、原告豊(保険契約者兼被保険者)の故意によるものである旨主張するので、便宜、この点について先に判断する。

1  本件傷害の状況

(一)  本件傷害に至った事情について、原告豊はその本人尋問(一、二回)において、「受傷当日は、大分県臼杵市祇園南一四組所在の自宅(当時)の車庫内において、温室の棚を作るために、本件電気マルノコで角材を切断する作業をしていた。車庫入口付近には、原告豊所有の軽四貨物自動車(以下「本件自動車」という。)が置かれていた。車庫内に置かれた古い自動式マージャン台(椅子用)上に、車庫の入口方向を向いて角材が多数置かれていた。原告豊を訪ねてきた訴外青木佳代(後記のとおり後に原告豊と結婚して薬師寺佳代となる。以下「訴外佳代」という。)が、本件自動車を車庫入口に向けて移動した。その際、原告豊は、本件自動車からみて前記マージャン台の右横で、本件自動車に背を向け、左手に本件電気マルノコを持ち、右手で足元の角材を拾い上げようとしていたところであったが、突然左背部を突かれて本件電気マルノコで本件傷害を負った。」旨の供述をし、証人薬師寺佳代は、「原告豊に本件自動車を移動するように言われてこれを前進させたが、誤ってその前部をマージャン台上に置かれていた角材の先端に衝突させてしまい、それと同時に原告豊の悲鳴が聞こえた。」旨の供述をし、右各供述に基づき、原告らは、訴外佳代が衝突した角材が原告豊の左背部に突き当たり、はずみで同人が本件電気マルノコの使用を誤って本件傷害を負った旨主張する。

なお、〈証拠〉によれば、右受傷当時、原告豊は同サチ子と婚姻関係にあったが、訴外佳代と愛人関係にあったこと、昭和六一年四月頃から原告豊は訴外佳代と同棲を始め、その後原告サチ子と離婚して、同六三年一月頃訴外佳代と結婚したことが認められる。

(二)  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、(一)記載の原告豊及び訴外佳代の供述に基づいた車庫付近の状況は概ね別紙図面のとおりであることが認められる。

(三)  まず、被告は、本件自動車がマージャン台上の角材の先端に衝突することは物理的にあり得ない旨主張する。

車庫の構造は、別紙図面記載のとおり、入口の高さは高い部分で約1.77メートル、奥行きは約4.3メートルである。そして、前掲〈証拠〉によれば、本件自動車は右入口の高さからすれば車庫内に最大限約0.55メートル入り得ることが認められ、また、弁論の全趣旨により成立の認められる〈証拠〉によればマージャン台の一辺が約0.6メートルであることが認められる。

ところで、原告豊は、「角材の長さは約2.5メートルで、マージャン台は車庫のほぼ中央に置かれていた。」旨供述しているところ、角材の長さを2.5メートル、車庫の奥行きを4.3メートル、マージャン台の一辺を0.6メートルと設定し、マージャン台の位置を車庫の中央として、角材がマージャン台に置かれたままで、その先端が車庫入口に最も近付き得る状態を計算により想定すれば、入口から0.6メートルの地点が角材の先端部となる(それ以上角材が入り口に近付けば角材はその先端を床上に落とすからである。)。

計算式 (4.3÷2)−(2.5÷2+0.6÷2)=0.6

これと前記のとおり本件自動車が車庫内に入り込み得る距離(最大限約0.55メートル)を考え合わせれば、本件自動車の前部が角材に衝突することは計算上あり得ないことになる。

しかし、角材の長さやマージャン台の位置に関する原告豊の供述は概測で述べられたものであるから、必ずしも正確ではない可能性もあり、角材の長さが右供述より僅かに長いか、マージャン台の位置が車庫の中心部より僅かに入口寄りであれば本件自動車が角材に衝突し得ることは明らかである。したがって、この点の被告の主張には根拠がないというべきである。

(四)  次に、本件自動車がマージャン台上の角材に衝突し得るとしても、これが原告豊の左背部に当たり得るかについて検討する。

原告豊は、前記のとおり、本件自動車から見てマージャン台の右横で作業をしていたというのであるから、右角材の車庫奥側の先端は、原告豊の左側面を通り過ぎて、マージャン台の車庫奥側に向かって突き出していたはずであり(〈証拠〉参照)、本件自動車がマージャン台上の角材に衝突したとしても、右角材が原告豊の左背部を突くことは考え難いというべきである。もっとも、原告豊は、マージャン台上には、複数の角材が雑多に置かれていたと供述するので(一回)、本件自動車が衝突した角材が他の角材に衝撃を与えてこれが跳び上がるなどして原告豊の左背部を突く可能性を検討するに、原告豊が本件傷害が生じた当時の状況を再現したと供述する(二回)〈証拠〉を見ても、どのような運動変化によってかかる事態が生じ得るのか容易に想像し難く、結局、右可能性は絶無とは断定し難いもののほとんど希有の事態であるというべきである。

(五)  さらに、原告豊の左背部に角材が衝突したとして、本件電気マルノコによって、本件傷害が生じ得るかを検討する。

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件電気マルノコは、新ダイワ工業株式会社製の新ダイワB6型電気マルノコであること、ノコ刃の直径は一六センチメートルで、危険防止のため、上側半周部分は固定式のアッパーガードで常時覆われ、切断部位である下側半周はそのほとんどが安全カバーで覆われていること、切断時には、安全カバーの先端部分の切れめを対象物に圧し当てると、安全カバーが必要なだけ開いて切断が可能になること、切断を止めて対象物から刃を離すと安全カバーがバネの力で自動的に閉じること、マルノコ全体を木材の上において位置決めをする金属製の「ベッド」部分の右側は、マルノコの水平直径より下部約二センチメートルの位置でマルノコの回りに張り出していること、切断時には第二指で操作するスイッチを押してノコ刃を回転させ、スイッチを離せば回転が止まる仕組みであるが、スイッチストッパーボタンを押せば回転が継続すること、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、前記のとおり、原告豊は、「左手に本件電気マルノコを持ち、右手で足元の角材を拾い上げようとしていたところ、突然左背部を突かれて、本件電気マルノコで本件傷害を負った。」旨供述しており、さらに、「角材を拾いあげようとしていた際には本件電気マルノコの刃は回転していた。背部を突かれたのは角材を拾いあげて体を起こす途中である。」旨供述している(二回、〈証拠〉参照)。

右供述と前記本件電気マルノコの構造からすれば、原告豊が左背部を突かれたときには本件電気マルノコのノコ刃は回転していたものの切断部位は安全カバーに覆われていたはずである。

したがって、原告豊の左背部が角材によって突かれて、はずみで左手に持った本件電気マルノコが右手に当たったとしても、通常は、本件電気マルノコのアッパーガードの部分やノコ刃の右側に張り出したベッドの部分が当たるか、安全カバーが当たるはずであり、したがって、手指の切断事故は生じないはずである。

ところで、本件傷害は、〈証拠〉によれば、第一指は基節の外側から不完全に切断され、第二指は基節部で完全に切断されているのであるから、右傷害の部位及び本件電気マルノコの構造に鑑みれば、本件傷害が生ずるためには、右第一指の外側が、閉じている安全カバーの先端部のわずかな切れ目に入り込んで、安全カバーを押し上げ、右第一指及び右第二指が順に切断されたと解するほかはない。

右の事態は、前記したように通常は起こり得ないと解される現象であるし、〈証拠〉において技術士が実験しているところを見ても同様に解する外はなく、仮に発生の可能性があるとしても極めて可能性の薄い希な現象であるというべきである。

(六)  このように、原告豊及び訴外佳代の供述する態様により本件傷害が生ずる可能性は、絶無とはいえないものの、希有な偶然が重なり合って初めて生じ得るものである。

2  原告豊の保険契約歴と左第二指切断事故等について

(一)  左第二指切断事故前の保険契約

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、原告豊が、昭和五八年五月一日から同五九年一一月一二日までの間に、左記のとおり五件の保険契約(災害保障特約付の生命保険等)を締結したこと及び日時は不詳であるが後記(二)記載の別件事故までの間に郵便局の簡易生命保険(傷害特約付)に加入していたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない(なお、原告らは、平成二年六月七日付準備書面中第三の一1において、左記⑤の特約は、従前の特約の自動継続契約である旨主張するが、その指摘する(但し、「左側中央部」の誤記と思われる。)〈証拠〉(保険証書)中の記載部分は、保険期間が一年(昭和五九年一一月一二日から同六〇年一一月一二日)である普通傷害特約が将来に向かって自動継続されるとの意味に過ぎず、⑤の特約自体が従前の特約の自動継続であることを表わすものではないことはその記載から明らかであり、結局、他に立証のない以上⑤の特約も新規の契約と解する他はない。)。

契約日        相手方

①昭和五八年五月一日

日本団体生命保険株式会社

②同五九年七月六日

全国労働者共済生活協同組合連合会

③同年七月一一日

日本生命保険相互会社

④同年七月一八日

東京生命保険相互会社

⑤同年一一月一二日

被告(第一契約)

(二)  左第二指切断事故(以下「別件事故」という。)

〈証拠〉によれば、原告豊は、小料理屋を営み自ら板前として調理にあたっていたが、昭和六〇年一月一三日、魚を調理中、右手に持った出刃包丁で左第二指を切断する傷害を負い、同日から同年二月二日まで大分医科大学付属病院に入院したほか、同年六月二六日まで、柿田病院及び大分赤十字病院において入、通院を繰り返したことが認められ、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、原告豊は、別件事故により、左記のとおりの入院給付金及び障害給付金等の支払いを受けたことが認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。

前記①の契約により、合計一七八万円

前記②の契約により、合計一一七万一〇〇〇円

前記③の契約により、合計一四〇万円

前記④の契約により、合計一三五万円

前記⑤の契約により、合計約五四〇万円

以上合計金約一一一〇万一〇〇〇円

なお、前記のとおり原告豊は①ないし⑤記載の契約のほかに郵便局の簡易生命保険に加入しており、原告豊(一回)及び同サチコの各本人尋問の結果によれば、原告豊は別件事故により簡易生命保険に基づく保険金の支払いも受けていることが認められるが、その額は本件全証拠によるも明らかではない。

(三)  その後、昭和六〇年一〇月二四日に原告豊が被告との間で第二契約を締結したことは当事者間に争いがない。右契約により、本件傷害当時、原告豊の加入する保険は、簡易生命保険を入れて七件となった。

(四)  本件傷害に対する保険金の支払い

〈証拠〉によれば、本件傷害により原告豊が支払いを受けた保険金は左記の通りであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

前記①の契約により、合計一一〇万一七五〇円

前記②の契約により、合計一八三万九〇〇〇円

前記③の契約により、合計八一万五〇〇〇円

前記④の契約により、合計八一万五〇〇〇円

以上合計金四五七万〇七五〇円

なお、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告豊は簡易生命保険に基づく保険金の支払いも受けているものと推認されるが、その額は本件全証拠によるも明らかではない。

(五)  ところで、原告豊は、前記のとおり臼杵市内において、当時婚姻関係にあった原告サチ子とともに料理店を営み、自ら調理人として働いていたものであるが、その収入については、原告豊本人尋問の結果によれば「損もないし、儲かりもしないし、食べるだけはあった。」(一回)との状態であったというのであるが、その正確な収入状態は本件全証拠によるも明らかではない(原告サチ子は月々の売上が金一五〇万から一八〇万円であった旨供述しているが、前記〈証拠〉並びに弁論の全趣旨に照らして措信できない。)。

一方、前記①ないし⑤の保険契約及び簡易生命保険の月々の支払い額について、原告サチ子はその本人尋問の結果中において月額五万円程度であった旨を供述するものの、〈証拠〉によれば、前記③の契約の保険料は月額一万五八六〇円、前記⑤の契約の保険料は月額二万七三〇〇円であることが認められるのであり、右二つの契約だけで月額合計金四万三一六〇円であることや前記の支給された保険金額並びに弁論の全趣旨に照らすと原告豊の保険料の支払い合計額は月額金五万円をはるかに越えていたことが容易に推認されるところであり、前記原告サチ子の供述は措信できない。

右事情を総合すれば、原告豊の経済状態から見て、前記(一)記載の各保険契約の保険料の支払いが相当重い負担であったことが認められる。また、昭和五九年の一年間だけで少なくとも四件の保険に新規に加入しているというのは不自然の感を免れない。

しかも、本件事故のわずか約二か月前という時期に、さらに第二契約に加入している点も不自然というべきである。この点につき、原告豊は、第二契約は被告の代理店をしている知人に勧められて加入した旨供述するが(一回)、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば第二契約は保険料金一〇九万三一〇〇円を一時払いにより支払う旨の契約であるところ、右契約の約一か月後である昭和六〇年一一月二二日に原告豊は被告から金七九万一〇〇〇円の貸付けを受けていることが認められるのであり、右事態からみれば、契約締結の端緒はともかくとしても右保険料の支払いが原告豊の経済状態に照らして過大なものであったことが窺われるところである。

3  まとめ

以上述べてきたとおり、本件においては、原告豊及び訴外佳代の供述どおりの状況で本件傷害が生じるためには、極めて薄い可能性による偶然が重なることが必要であり通常は到底生じ得ない事態であると解されること、原告豊は、すでに包丁による左第二指の切断という希有な自招事故に遭って、金一〇〇〇万円を越える多額の保険金を取得し、その後わずか一一か月後にまたも右第二指切断等という類似の傷害を負ったというのであり、単なる偶然による不幸というには余りに不自然であること、原告豊はその経済状態からすれば多数に過ぎると思われる保険契約を短期間のうちに締結していること、という諸事情が認められるのであり、右事情からすれば、本件傷害は、偶然の事故ではなく、原告豊がみずから本件電気マルノコによって故意に惹起したものと推認するのが相当であり、右認定に反する〈証拠〉は前掲事情及び弁論の全趣旨に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、被告の抗弁には理由がある。

四よって、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官小野憲一)

別紙図面〈省略〉

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